ことばがあるから考えられる。

ことばにできるから、思考することができる。

ことばにできないことは、認識できていないということです。
認識できないことを考えることはできない。

こんな概念があるのだと知ることで、その概念について思考することができるのです。

たとえば、子供のころなどは、喜怒哀楽はわかっていても、愛情や憧れ、妬みや悔しさ、落胆や絶望、切なさやむなしさ、などといった複雑な感情がことばと結びついていません。
ことばを知ることで、自分の味わったこの感情はこれなのだと結びつき、その感情を感じやすくなったり考えやすくなったりします。

たとえば、知らない色については、その色を認識できないし、区別して考えることはできません。
色の名前に詳しくないときにはざっくりと「青」とだけ思う色が、細かく区分した色の名前を知ることで「紺色」「藍色」「瑠璃色」「群青色」「青」「天色」と別の色として認識できます。

ことばを知らない状態であっても、実際にはその何かを目にしたり耳にしたり感じたり体験したりして、その何かがあること自体はわかっていたりはします。
呼び方は知らなくてもこういう何かだと説明できれば考えることはできなくない。
それでも、概念として認識してことばが決まっている方が思考しやすいものだし、自分だけでなくほかの人と一緒に考えることもできるのです。

ことばが思考をつくる。

ことばを持つほど、広く深く考えることができます。緻密に細やかに考えることができます。
同じように考えるといっても、ことばの量や幅や種類を持っているほど、思考の量も幅も視点も多くなります。

概念を知らない考え方で考えることはできないし、想像できない考え方でものごとをとらえることもできません。
どのようなことばを持って、どのような考え方とらえ方ができるかによって、自分の思考の可能性も変わります。

ことばをたくさん持つこと、思考する力を持つこと、それが大きな力になります。

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