伝わらない通じないものだという前提で。

伝えたいのなら、納得いくまで伝えきってみる。
自分ができる限り工夫したり繰り返したりしてやってみる。

それをやらないで
相手が汲み取ってくれること、相手側が努力してくれることを期待して
もしくは
伝わるのが当たり前、お互いの理解が同じなのが当たり前と思って
伝わってるものだ、通じてるものだ、とは考えない方がいい。

相手にどう伝わっているか、または、相手から伝えられてどう受け取ったか、は
お互いにわからないもので、お互いコントロールできないもので、
思い通りにならない、予想もつかないくらいのものなのだ。

そもそも、
なんとかして伝えようとしても、なんとかして伝えてもらおうとしても、
いくら確認したり工夫を重ねたりしていても
相手の頭の中は見えないので100%イメージを一致させることはできないのです。

これだけ説明したら伝わっただろう、と思っても
こんなに聞いたのだからわかったはずだ、と思っても
話し合ってすり合わせして通じたよね!とお互いに思っていてさえも
伝わった、理解できた、通じた、と思うお互いのイメージがお互いにわからないものだから。

だから、
伝わらない通じないものだということを前提とした上で
どうやって伝えるかどこまで通じ合えるかを探っていくのです。

それは難しいしめんどうでもあるかもしれない。
でも、だからこそ、楽しい。

その難しさめんどくささを超えて、伝わったな、通じたな、となるとき
嬉しさも大きくなり、おもしろい化学反応も起きやすくなるのだと思います。

nano-designsのグラフィックレコードでは
イメージを描いていくことで、伝える・理解し合えることをサポートします。

Sitemap