自分のことを考える、ということ。

何か目的があって伝えたはずがうまく伝わらなくて

「自分はちゃんと言ったのにわかってくれない」
「わかってくれない相手が悪い」
「だから自分はこれ以上何もがんばらなくていい」

そんな風に話している、
自分のことしか見えていないような人、をよく見ます。

自分勝手で、相手を見てなくて、
自分のことだけ考えている、ように見えて

だけどそれは
自分のことを考えている、自分のために考えている、のとは
違うのではないかと思うのです。

人のために、だけを考えて
自分が合わせてばかりで、自分がない状態になる必要は全くなくて
(というか、それは、人のため、のようでいて、人のためにもなっていないと思う。
書き出したら長くなるのでまたいずれ)

自分のために、人のことを考えたらいい。

「ちゃんと言ったのにわかってくれない」
そんな相手が悪い、と思って
相手が悪いのだから自分はがんばる必要はない、と思って
何もしなくてもそのままうまくいかなかったら
それで困るのは自分ですよね?

どっちが悪い、とかどうでもよくて
自分だけが努力するのが損、とかでもなくて

今の状況の中で、自分の望ましいようにしていくために
自分ができることがあるならやればいいじゃない?というそれだけの話。

相手は関係なくて、
自分がどうなればいいのか、そのために何をするのか。
結果として相手のためにもなっても、それでいい。
相手のためかどうかに関わらず、自分のためなのだから。
相手のためになりたくなくて自分のことを諦めるのは本末転倒じゃない?

自分がうまくいくために、
自分が心地よくすごせるように、
自分の仕事がスムーズに進むように、

相手を見て、まわりを見て、
相手からの反応が、より自分のためになるように
まわりの状況が、より自分のためになるように

そのために、人のことを考えて行動したり伝えたりするのですよね。

自分のために、自分が望むようにするために、
人との関係性をよりよく、まわりの状況をよりよく、と
自分ができることをしていくのです。

それが、自分のことを考える、ということだと思うのです。

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