「知っているつもり」「知らせているつもり」になっていませんか?

人は、よく目にしたりよく耳にしたりすると
実際には自分はよく知らないことでも、知っている気分になってしまうものです。

何度も見聞きしているうちに想像したり共感したりして
よく知らないのに実際自分が体験したくらいのイメージが浮かんだりもします。
(経験したことでもないのに、見聞きしたことを
あたかもご自身の経験のように語られる方もいらっしゃいますよね…)

…というのを、知っているはずなのに
先日、
よく見ているから、行った気分知っている気分になってて、実は行ってなかった!
ということがあり、自分でびっくりしたのでした。

私は京都が好きで、たびたび寄りますし、住んでいたこともありますし
八阪神社、よく通過していて馴染みある感じでいて
ひさしぶりに寄ろうかなぁと行ってみたら
実はここちゃんと参拝したことないかも!?と気づいたのです。
ただ目にしている、というだけで、こんなにも、知っているつもりになれるのだなぁ、と
自分のことながらおもしろく感じてしまいました。

見たことあるだけ、聞いたことあるだけ、で、そんなにも知ったつもりになれるのです。
そしてよく知らないまま良し悪しを判断したりもしてしまいます。
知ったつもり、だと、それ以上知ろうとしないので
知ったらわかる、ほんとうのよさになかなか気づけないのです。

同様に、見せたから、聞かせたから、といったって
知ったつもりにさせているだけ、で、知らせたつもりなだけ、で
ほんとうのよさを知らせられているとは限らないのです。

知ったつもり、になっていませんか?
知らせたつもり、になっていませんか?

ただ何回も見せるだけではない、
ただ何回も聞かせるだけではない、
知りたくなるような、もっと見たい聞きたい手にしたいとなるような
そう思わせるものを、そう思ってもらえるように、伝えていきましょう。

そんな何かを見つけて伝えることが、nano-designsができること、です。

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